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佐藤琢磨 ~日本人レーサー歴代最速の男

佐藤琢磨こそ日本人レーサー歴代最速の男、と断言すると「嫌、ちょっと待て」と仰る方もいらっしゃるとは思います。しかしそんな方でも、彼がその有力候補であることには異論はないでしょう。それほど彼の残した実績は素晴らしいもので、とりわけ2017年に世界三大レースの一つ、インディ500で上げたアジア人初優勝という金字塔は決して色褪せることはないでしょう。

レーシング界の常識を変えた男


レーサーとして大成するには幼少期よりカートに乗る必要がある。これはレーシング界の常識です。そして多くのレーサーがまさしく幼少期よりキャリアを積み、レーシングセンスを磨いたうえでなければプロのレーサーにはなれませんでした。しかし佐藤琢磨がレースの世界に飛び込んだのはなんと19歳。後にも先にも、この年齢からF1に辿り着いたレーサーなど存在しません。しかも彼がF1にデビューしたのは25歳の時。カートに乗り始めてから僅か7年目のことだったのです。

Formula 1という大きな壁


イギリスF3チャンピオンとなり、マカオGPも制した2001年に文字通りF3ドライバーの頂点を極めた佐藤琢磨は、2002年念願のFormula 1へと登り詰めます。しかし彼にとって初めて大きな壁にぶつかることになります。Formula 1という大きな壁に。

一発の速さがありながら、しかし佐藤琢磨にはFormula 1のトップドライバーが持つ安定感がありませんでした。それはもちろん戦闘力のないマシンは走らせるために無理をした結果だったのかもしれません。でもFormula 1という厳しい世界で必要なのはただ一つ、「結果」だけでした。2004年にアメリカGPで日本人最高位タイとなる3位を記録したものの、2002年にオーストリアGPで巻き込まれた大クラッシュ等、Formula 1での佐藤琢磨が残した印象はネガティブなものが多かったのです。

IndyCar Seriesという舞台

Takuma Sato 2019


2010年彼はFormula 1を離れ、新しい舞台へ旅立つことを決めます。北米フォーミュラカーの最高峰 IndyCar Seriesへの挑戦です。そしてこの舞台で佐藤は大きな輝きを放つことになります。2012年からはIndyCar Seriesにフル参戦。表彰台にも上がるようになり、そして2017年IndyCar Seriesの中でも最も歴史も格式もあるインディ500で、日本人として、そしてアジア人として初めて優勝を果たすのです。この映像でも聞ける歓喜の叫びは、多くの人に感動を呼びました。

これにより北米で認められることになった佐藤は、2019年のインディ500でのオッズでも16-1と有力選手と見なされ、結果も3位と大活躍。2020年も参戦が決まっている彼のインディ500に賭けてみたい、という方はこちらAsiabetで最高の賭けを見つけるのサイトが助けになってくれるでしょう。

佐藤琢磨〜伝説〜

Takuma Sato at Suzuka Circuit 2019


現在42歳の佐藤琢磨ですが、しかしレースデビューが遅かったため、まだまだ衰える兆しを見せません。2度目のインディ500優勝、そしてシリーズ最高ランク8位に甘んじているIndyCar Seriesでの自己ベスト更新へ向けて、2020年の彼の活躍を期待しましょう!

すべての写真:takumasato.com

鈴鹿サーキット

日本を代表するレーシングコース、鈴鹿サーキットを生んだのは本田宗一郎とホンダでした。1959年、当時日本にレーシングコースは浅間高原自動車テストコースしかなく、しかもそこは未舗装のダートコースでした。そこでホンダは日本初の全面舗装サーキットを作るプロジェクトに取り掛かったのです。その時代日本には高速道路すら整備されておらず、ホンダがどれ程時代に先んじていたかがわかります。

Petronas F1 car in motion
画像 schuger

第1回全日本選手権ロードレース


様々な技術的困難を克服し、1962年9月ついに鈴鹿サーキットは竣工式を迎えます。そしてその2ヶ月後記念すべき最初のレースがおこなわれました。第1回全日本選手権ロードレースです。2日間に渡っておこなわれたこのレースは初日が大雨だったにも関わらず、合計27万人もの観客が押し寄せました。日本を代表するサーキットに相応しい歴史の幕開けとなったのです。

F1の鈴鹿へ


1968年に一度F1を撤退したホンダでしたが、1983年に再びF1に挑むことを決めます。そして1986年遂にコンストラクターズ・タイトルを獲得したホンダは、翌1987年鈴鹿サーキットでのF1日本グランプリ開催に漕ぎ着けます。これより日本では「F1といえば鈴鹿」というイメージが定着するのです。

今年も鈴鹿にF1がやって来る


そして今年も10月13日、鈴鹿にF1日本グランプリがやってきます。鈴鹿サーキットは設立当時のホンダ専務藤沢武夫の考えで、家族が楽しめる自動車遊園地として設計されました。車好きの大人だけでなく、その子供たちも遊べる一大エンターテイメントとしてF1日本グランプリはおこなわれるのです。そんな鈴鹿サーキットへ是非ご家族で遊びにいらして下さい!

鈴鹿8時間耐久レース

日本のモータースポーツを語る上で決して欠かせないレースが「8耐」の呼び名で知られる日本最大のオートバイレース「鈴鹿8時間耐久ロードレース」です。過酷な夏に行われるこの「8耐」は、日本のモータースポーツ夏の風物詩としてファンに愛されています。

伝説のトップライダーも走ったレース

以前は日本の4大バイクメーカーが威信をかけて争い、その所属トップライダーが数多く参戦しました。ケニー・ロバーツやケビン・シュワンツ。そして、マイケル・ドゥーハンのようなロードレース界の歴史に名を残す名ライダーたちが覇を競ったのです。近年はMotoGPとの兼ね合いで海外のトップライダーの参戦は減りましたが、現在日本のトップライダーである中上貴晶takaaki nakagamiも2010年に優勝しています。

オートレース

日本のモータースポーツには「異端」として存在するモータースポーツがあります。それはオートレース日本オートレースシリーズです。公営ギャンブルとして経済産業省によって監督されるこのスポーツは、勝車投票券(車券)を購入することで賭けを行うことができます。

最大のレース「SGスーパースター王座決定戦」

オートレースに興味がなくてもこのレースの名前は聞いたことがある、という方もいるかもしれません。年末のビッグイベントとしてマスコミに取り上げられることもあるからです。車券の購入はもちろん競争場に出向くのが一番ですが、現在はインターネットでも購入可能で、SGのような大レースの時だけ購入したいというライト層にも楽しめるようになっています。

世界ラリー選手権

スピードが魅力的のフォーミュラーカーレースとは違い、世界ラリー選手権(通称WRC)の魅力は、その迫力です。WRCのレースは、しっかりと舗装されたサーキットで行われるのではなく、普段一般人が使用する痛んだ道路や、土煙が撒きあがる未舗装道路が使用されます。時には雪の中を走ることもあります。

その迫力を間近で体験できるレース

WRCの特徴に、レースを目前で見ることができるというのがあります。以前観客は、レースカーに轢かれる事故が起こるほどコースのすぐ側でレースを観戦していました。しかし、近年は流石にそこまで近くに観客が来ることはなくなったようです。

それでも他のレースのスタンドからの距離に比べればはるかに近い位置で観戦できます。そこで感じる迫力こそが、WRCの最大の魅力なのです。

ル・マン24時間レース

このレースは、フランスのル・マン近郊で行われる四輪の耐久レースで、なんと24時間連続で走り続けて勝敗を決めるという人(現在は一人で走り続けることは禁止)にもマシンにも過酷な耐久レースです。

有名俳優も走った伝統のレース

1923年に始まった伝統あるこのレースは、そのドラマ性故に映画の題材に取り上げられることもありました。「栄光のル・マン」という映画で主人公を務めたスティーブ・マックイーンは、実際にレースドライバーとしても活躍していたため、ル・マンへの出場を望みましたが、周囲の反対で断念しました。

しかしもう一人レーサー活動を行っていた俳優ポール・ニューマンは、1979年に実際に参加し、見事2位でフィニッシュしています。多くの著名人も惹きつけた伝統のレースがこのル・マンなのです。

フォーミュラー1

フォーミュラー1、通称F1と呼ばれるこのスポーツは、モータースポーツの最高峰とされています。

何が最高峰なのか

1950年に始まったこのF1が何故モータースポーツの最高峰と呼ばれているのか?その理由として、F1が国際自動車連盟、通称FIAという世界各国の自動車団体により構成される権威ある団体が主催するモータースポーツの最高位カテゴリーに位置している、という事実があります。

またF1は北米で絶対的な人気を誇っています。スピードではF1以上のインディーカーレースというスポーツのほうが勝ります。しかしながら、世界中で行われるF1こそが最高峰と呼ばれるのに相応しいといわれています。

ダカール・ラリー

以前はパリ・ダカール・ラリーとして世界中のモーターレースファンに愛されていたこのレースですが、現在は大きく形を変えています。以前はその名の通りフランスはパリから始まり、スペインのバルセロナから海を渡りアフリカ大陸へ。そして世界最大の砂漠、サハラ砂漠を抜け、アフリカ大陸の西にあるセネガルの首都ダカールまでを走るレースでした。

しかし現在は南米で行われるようになりました。政情不安な地域を走るため、テロリストや強盗集団の標的にされることがあったためです。

名を遺す「ダカール」

南米で行われるようになっても、伝統のレース名は遺りました。そしてその過酷なレース内容もそのままです。2018年から通過するようになったペルー(2019年はペルーのみのコース)には、アフリカのように砂漠もあります。

インディカー・シリーズ

アメリカでモーターレースの最高峰は?という質問をすると、多くの人がこの「インディカー」と答えるのではないでしょうか。スポーツ大国アメリカのフォーミュラーカーレースの最高峰は、このインディカーなのです。

インディ500から拡大したレース・シリーズ

1911年に始まった伝統的なレースであるインディ500は、その名の通りインディアナ州インディアナポリスで行われます。1996年までCART(チャンピオンシップ・オート・レーシング・チームス)の1レースとして行われていたインディ500でしたが、コースの所有者であるトニー・ジョージがCARTと袂を分かち、1996年より独自に始めたのがこのインディカー・シリーズでした。当初はCARTに比べマイナーでしたが、CARTは経営破綻し、インディカー・シリーズが北米の最高峰に上り詰めたのです。

NASCAR

インディカーと並ぶ北米モーターレースの最高峰が、このNASCARです。インディカーと違うのはフォーミュラーカーではなく、見た目が一般車に近いストックカーによってレースが行われることです。そしてNASCARでは激しい接触がレース中に発生するため、F1やインディカーとはまた違った熱狂的なレース展開が楽しめます。その激しさ故、北米での人気はインディカーを凌ぐほどです。

ストックカーのスーパーボウル「デイトナ500」

アメリカ最大のスポーツイベントと言えばアメリカンフットボールのプロリーグNFLが主催する「スーパーボウル」であることに異論はないと思いますが、NASCARの開幕戦として行われる「デイトナ500」は、そのスーパーボウルに例えられるほどの人気を博しています。1959年から続く伝統が愛される理由の一つでもあります。